仕事と家庭を両立する生き方:人生が終わる前提で考える3つのマインドセット

目次

はじめに:人生は終わるという前提で考える

私はおよそ延べ9万6000人の人生を支える仕事をしてきました。私は作業療法士として臨床におよそ20年間いました。それで今オンラインビジネスをやってますが、皆さんに考えていただきたいことがあります。それは人生は終わるという前提で考えるということです。

「中野さんそんなの当たり前でしょう、分かってますよ」と言われるでしょうけれど、私は具体的に3つの考え方を持っています。1つは家族も自分も長生きする前提と明日人生が終わる前提を持つということ。そして長生きするんだったら家族としてどこに向かうかを定期的に確認するということ。3つ目が、明日人生が終わるとしたらどんな風に後悔するかなと想像する、そして後悔しないためにどう過ごすかを家族と話し合うということです。1つずつお話ししていきます。

1. 長生きする前提と明日人生が終わる前提の両方を持つ

これ過去にブログに書いたことなんですけど、まず1つ目、家族も自分も長生きする前提と明日人生が終わる前提の両方を持つということです。

人生は終わる、それは人が生まれた時に誰しもがそうなることが分かっているたった1つのことなんですね。でもそれがいつなのかが分からない、大抵の場合前触れありません。三大疾病というのがあります、脳梗塞、心筋梗塞、癌ですね。脳梗塞や心筋梗塞は大抵の場合ある日突然起こります、前触れがそういえばあれだったのかなって後で分かるという感じです。癌は前兆があったりなかったりするけれども、診断がついたらすぐに治療や検査が始まります。つまりどれも倒れたらすぐ、あるいは病気が見つかったらすぐ生活が一遍します。

例えば癌の場合はこんな感じです、なんか体調がおかしいなということで病院に行ってみた、検査してみましょうと、軽めの検査から始まります。精密検査をしてみましょう、その結果どうやら癌らしいと分かったら進行段階とかどの治療が最適なのかというのを調べるために1週間から2週間のうちにどんどん検査の予約が入ります。できるだけ早く治療に入るために検査の予約も空いているところに迅速に入れていきます。医師がどの段階で告知するにしても家庭になんとなく暗雲が立ち込めます。なんかただ事ではなさそうだ、元気なうちにあれをしておけばよかった、あそこに行っておけばよかった、もっとたくさん話しておけばよかったと後悔します。それに加えて病気になった人が大黒柱でも、生活費や医療費の心配はないでしょうか。そばに付いていたいのにその人に代わってパートに出なきゃいけないとしたらどんなに辛いでしょうか。

だからこそ私は2つの前提を持って物事を考えるようにしています、それが家族も自分も長生きする前提、そして誰か1人の人生が明日終わるという前提なんですね。長生きするんとしたら長生きするのは素敵なことだけれどもリスクも負います。私の義理の父は2021年に亡くなりました、昭和の代表選手みたいな彼は定年後も高い利子の貯蓄と年金のおかげで豊かに過ごしました。それは、義理の母が非常に上手に貯蓄をしていたということもあったようなんですね。経済面で子供の世話にならないどころか孫に物を買い与える余裕もありました、普段はスポーツクラブに行って年下の仲間と汗を流して月に1度は日帰りのバスツアーとか1泊の旅行に行くっていうすごいアクティブな暮らしぶりだったんですね。私たちの世代がそんな安泰な年金暮らしが期待できるかというとちょっと難しそうです、安心して暮らせるだけの余裕を自分たちでつくる必要がある。

経済面だけじゃなくて人生の中でやっておきたいことは何でしょう、行っておきたいところはどこでしょう。家族それぞれがやりたいこととか行きたいところを持ってるはずなんですね、全部を叶えられないとしてもお互いにどう思ってるかぐらいは知っておいた方がいいと思いませんか。

もう1つの前提は誰か1人の人生が明日終わるという前提です、冒頭にお話ししたように人生の終わりとか病気、怪我っていうのはある日突然起こります、だからこそ家族も自分も長生きする前提だけを考えていると片手落ちになるんですね。長生きする前提で我慢ばっかりしてきた、例えば定年までは頑張るみたいなありますよね、我慢ばっかりしてきたのに予告なく倒れたり健康に生きられる時間は残り少ないですよと言われたらやるせないじゃないですか。だからその満足できないとしても、それでも可能な範囲でやれることはやったし行きたいところには行ったよねと思えたら残りの人生はほんの少し楽になります。

言い換えれば長期的な目標と短期的な目標を持つということなんですね、我が家は長生きするんだったらある程度経済的に豊かでいたいよねっていうことと、でも仕事100%だったら明日人生が終わった時にもっと家族の時間を思えばよかったとか後悔するだろうから日常に家族の時間を組み込もうということにしています。私が家事を気にせず仕事するのは長生きする前提に基づいたものです、どんなに忙しくても、韓国ドラマとか中国ドラマを一緒に見る時間を欠かさないのは誰か1人の人生が明日終わる前提に基づいたものです。短くても家族で楽しむ時間を必ず毎日持つんです、必ずです。

2. 家族としてどこに向かうかを定期的に確認する

ここで断っておきたいのは我が家には子供がいないということです。大人だけの家族なので自由度が高いはずなんですね。今は色んな暮らし方があります、ここでいう家族というのは戸籍上の家族だけではなくてパートナーとか何かの形で同じ方向を向いて一緒に生活する人を指していると考えてください。

人生は終わるという前提で考える、この時にいくつか折り合いのつけにくい場面が出てきます。お子さんのいる方は特に、お子さん関連のお付き合いをどうするか悩みませんか、PTAとかママ友とか。これについてもどう対処するかを家族で合意しておくということをお勧めしたいです。

親の付き合いが子供の世界に影響するからどうしても子供優先の方向に引っ張られるってことがある場合があります、私の母がそうでした、自分の人付き合いが悪いと子供に肩身の狭い思いをさせるんじゃないかと思って気の進まない付き合いもなかなか断れなかった人でした。私は幼い頃からそんなことは全然望んでいなかったんですが、あなたが自分の仕事の意味とかどこまでやりたいか、それによる子供への影響は何が予想されるか、どこまで子供が許容できるかについてお子さんと一緒に話してみませんか。それと同時にあなた自身の中に自分が親としてどう見られるかということの戦いもあるかもしれないです。うちの母のように良いお母さん、良い奥さんに見られたいという願望があったらそれを捨てる必要があるかもしれない。

例えば家事です、私は、自分自身のセルフケアも行き届いて家事も完璧、人付き合いも断らずにビジネスも順調に継続して拡大すると言う、滝沢眞規子さんみたいな人を目指したい人生でした。でも私には無理だった。子供がいないから余裕があるはずなのに睡眠時間を削って、も家事すら上手く回せなかった。だからワタミの宅食を使っていた時期があります、もう調理するだけでくたくたになってしまってそれを見かねた夫がしばらく宅食使おうよって提案してくれて1年間ぐらい使いました。だからそんな風に、運命共同体としてどっち向かっていくかっていうことを、話し合うってことですね。

3. どうでもいい人にならない

もう1つ、「どうでもいい人にならない」っていうことを、提案したいです。これはアメリカ在住のコーチ、エミさんから聞いてなるほどなと思ったんですけど、お子さんの持ち寄りパーティーがアメリカでなんかよくあるらしいんですね、「その時私は真っ先に食器やカトラリー、フォークとかスプーンとかを、持って行く係をゲットするのよ」って仰ってたんですね。なぜならそれを買って持って行くだけで役割が果たせるから。彼女曰く「私には持ち寄りパーティーに対するパッションはないし時間もない、持ち寄りパーティーで他のお母さんから評価されたいっていう願望もないの、だから凝ったお料理は他のお母さんでやりたい人がやればいいんだ」って仰ってたんですよね。それはアメリカの話で日本とは文化が違うと言われれば確かにそれはそうかもしれません。

でも持ち寄りパーティーに凝ったお料理を持っていくかどうかは、つまり自分のリソースを何に優先して使うかっていう話なんです。あなたのリソース、あなたの時間は1日24時間しかないですよね、有限です。だからこそあまり重要でない付き合いにどこまで時間を割くかを自分で決めておいた方がいいと思います。いつまでも付き合う、いつでも付き合う人は人付き合いの良い人だと評判の良い人になれると思っていないでしょうか。私は人生のどこかでそう思っていた時期があります、でも残酷なようですけどそうではないんですね。いつまでも、いつでも付き合う人はどうでもいい人、人数合わせ用の人になってしまうことがあります。あと1人いた方が良いよね、あ、中野さんに声かけよう、あの人いつも断らないからきっと暇なんだよって、嫌われるようにしましょうって言ってるわけじゃないです、やりたいことのある幸せな忙しい人だと認識してもらう方がいいかなと思います。そしてそれを許容・尊重してくれる人と親しくできれば人生はかなり素敵なものになります。

おわりに:目をそらさずに現実的に考える

そして目をそらさないことというのを提案したいです、なんだか悲観的な話だなと思われるかもしれません。私も夫も医療従事者で、リハビリテーションの仕事に就いていたので、「ある日突然」とか「まさか」という物語ばかりを見てきました。だから悲観的というよりは、「そう想定するのが現実的だよね」と思っています。リハビリテーション職だとこれから病気が進行していく方、命は助かったけれども障害が残る方ばかり関わっていきます。病気が見つかって進行していくのをなんとか遅らせたいとか、または「意識が戻ったら体が動かない、重度な障害を負っていた、この体でこの後どうやって生きていくんだ、むしろ命が助からなければよかった」、なんで助けたんだと言われたことすらあります。どちらの場合も患者さんが絶望にいるところから私たちの関わりは始まります、そのせいで私たちは他の人よりも少し悲観的に考える癖がついてるのかもしれないです。

とは言えそれが現実でもあります。直面して初めて知る現実の1つです。日がな1日悲観的に考えてくださいと言ってるのではありません。ただ自分の人生にもそういうことが起こり得るんだということを目をそらさないで構えておくと、何を優先するかを現実的に考えることができます。

私がどんなマインドセットでビジネスと家庭を両立しているかっていうことを話してきました、ポイントは3つでした。人生は終わるという前提で考える、人生を共にする人と時間の使い方について合意を得ておく、どうでもいい人にならない。あなたはどう感じたでしょうか。